2016年07月31日

ボロードタイム

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DOUE LA.F

5年間毎日ブログを書き続けたアーティストに敬意を表して・・
久しぶりにブログを書く。


人間の末路の観念として
「命が肉体を借りているのだから
最後はそれを返すと思えば・・」
という趣旨の話を昨日聞いた。

東本願寺の前には
「今、命があなたを生きている」
と書かれている。

自分とは何だ?
と自分に問うと
畑が頭に浮ぶ。

先祖が農家だったように
自分は農民なのだ
という確信が生まれている。

茶をつくった祖先
と形は違うが
気が付けば
来る年も、来る年も
畑を耕し
種を蒔き
育つ前には
抗うことの許されない
自然脅威にもさらされる
いつも飢えの恐怖をかかえている。

しかし春にはその場所に美しく育った花々に
しばし囲まれる。

そして、そして農家でなければ味わえない美酒を
年に数回味わことが出来る。

それは「植える」という作業をしたものしか
味わえないもの

我々は、目の前にある美しい花を作ったわけではない
それは、種そのものが、土が、自然が生み出したもの
私はそれに「参加」したにすぎない
が、しかし大いに積極的に!

背中に目はないから
自分の歩いた道に
どんな花が咲こうとしているのか
見ることはできない

たまに ふと
背中で
花が咲いて行く予感を感じられる時がある
まだ見たことももない
見事な花が

そういうとき嬉しい

祖父が植えたもの
父が植えていきたもの
それに近い
自分も何かを植えているのかもしれない

と少しでも感じられる時

そういう時嬉しい

一瞬だけど
借りた時間に
報いることを
している感覚に
なれる

・・・・











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2016年05月28日

Lost

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Kyoto

いつかは失うのだと知りながら
失って始めて「失う」ということの存在に出会う
それからしばらくして
ある日
本当に失ったのだと知る

早く過ぎ去れ
と考えたこともある
ずっとこの状態が続く気がして
ふさぎこんだこともある。
それからしばらくして
いつしか過ぎて欲しいと願ったことも忘れ
ある日
ふと
その日々がずっと前に過ぎ去っていたことに気づいた
過ぎ去れと願った日々が
とても懐かしく
戻りたくすらなる。

その時とは
その時には決して知り得ない謎
ある日
ふと
その日、あの時に再会して
その時の正体を知る
本当を知る

ずっと後に
もう手のとどない場所で

きっと君との時間もそうなるのだろう

だから、
だから、
ある日ふと思い出すことを止めて
いつもいつも
思い出していよう

あなたのことだけは。



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2016年02月29日

屋根に昇って

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Firenze

週末ごとに時間を見つけて樹木剪定をしている

春はもうすぐ

植物が動き出すまで時間がない

本日は落葉樹

やねに昇って、枝を観察したら

もういくつか新芽の緑が息づいていた

太陽が充分にあたるところは

厳しい冬でもこのように芽が出る

理論は同じだ

太陽と雨風

試練と充分な愛で

僕らはの「新芽」は育ってゆく


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2016年02月25日

近くのものにこそ

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Siena

きおつけなくちゃならない

ことはいろいろあるけど

最近ここころにとなえるには

「なーなー」
「今まで通り」
「不義理」

なれ合い

あまえ

近くの人間を粗末に

にすることは

してはならない

近くにいてくれる人は

当然の様に思っているが

実はそうじゃない

それは尊いことだ

ケアして、ケアして

近くにとどまっもらわないといかない

当たり前・・

なんてことは一切ないんだ

気づいたら

すぐに

近場にありがとうを言って回ろう・・


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2016年02月20日

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Barcelona

策にはしらず

ただ純粋に追い求めれば

道はひらける

僕の祖母は

通(みち)という名前だった

いま考えれば

とてつもなくいい名前だ・・・・

それを気に入った

祖父は

僕の妹を


自分を 有

となずけてくれた

かれば甚之丞というなまえで

それが重かったのだろう

甚や政やこれまでの
祖先の一字を取るのもやめたし
なによりも
名前を軽くした

軽く・・・

祖父も
おやじも

なにも引き継がせなかった

やりたいようにやらせてくれた

それは

ばあちゃんのお蔭かもしれないな

通 さんの










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